お知らせ

2020 / 02 / 01  12:00

『ゴミ屋敷困りごとは一切無い 触ってくれるな自分でできる』

『ゴミ屋敷困りごとは一切無い 触ってくれるな自分でできる』

 

「困っていることなんて、一切無い!」

 

モノを手放すことができないまま、

もっと言えば、まだ使えると思ったら、

ゴミ捨て場からでもモノを持ち帰るようにして

過ごしてきてしまった一人暮らしの高齢者(78才)は、

そう言い放ちました。

(…うそやろ?こんな状態で?)

 

「ここにあるもんは、全部いらんもんや。」

(…いらんモノという認識はあるんや)

あまりの惨状に、片づけのお手伝いを申し出ても、

 

「あと5年は大丈夫やろ、自分でできる。」

そう言いきります。

(…いや、83になるで!それまで体が自由に動くと思うか?)

 

私たちが確実に1日1日歳をとり、

右肩下がりに気力と体力が衰えていくことを

彼は直視していません。

 

他人から見れば、もう手に負えないゴミ屋敷でも、

暮らしに困っていることなどなく、

自分でなんとかするというのです。

 

「触ってくれるな、大事なモノがわからんようになる。」

(…なるほど、自分の中では、大事なモノの置場があるんだな。)

 

私は、「お片づけ」の仕事をしています。

この惨状を片づけて、お掃除をしたら、

どれほど快適な暮らしが手に入るかを想像できます。

 

しかし、高齢者は続けます。

「なんか新しいこと(やってこなかった片づけ)を始めたら

悪いことが起こるような気がする」と。

(…「片づけ」は、これからの人生を快適に生きるために行うんだけどな。)

 

モノと心は深く関わっています。

自分の生きてきた証でもあるモノを

手放すことに抵抗があるのでしょう。

 

また、周りの者が不要なモノを捨てろというのは、

自分自身を否定されているように感じるのでしょう。

片づけられない人の奥深くに眠る心理に気づき、

とても興味がわきました。

 

そして、問題は

「片づけたい」けど、片づけられない人

は、救えても

 

散らかっているのに、「片づけたくない」人

は、救えないと言うことです。

 

モノの整理はこころの整理

これからも、人の心に寄り添った

お片づけのご提案ができるよう

精進したいと思いました。